人類の生存をかけた宝石

 

ジュエリーは単に飾りや流行ではないのです。

それは、我々の生存をかけたものなのです。

ジュエリー蒐集家 有川 一三


 

カフカの日記

28, Oct, 2020 / 最寄りのカフェにて

 

帰りの列車の中で、私は満月の夜のロバのように、錯乱状態にあった。

その日、自分の身に起きたことが、夢なのか現実なのかはっきりと区別が付かなかった。

 

誰も信じてくれないだろうが、その日の朝、私の手には、

ピンクトパーズとダイヤモンドが惜しみなく使われた

ヴェルテンベルク王室のジュエリーが握られていたのだ。

 

それだけではない。

マリー・ジョゼ王妃のルビーに触れ、

ヘレニズムの黄金のティアラの匂いを嗅ぎ、

ヘラクレスのインタリオ・リングを指にはめることもできた。

 

10月27日、世界最高峰の蒐集家のコレクションに招かれ、

王族、貴族が所有してきた高貴なジュエリーに対し、

警報機も、屈強なガードマンも、ガラスのケースさえも隔てず、

手で触れ、匂いを嗅ぎ、声を聴いたのだ。

 

私が西の貴族の血族であれば、自然と受け入れられたかもしれないが、

しがない東の民の身に、そのような軌跡が起きたことに、確信が持てなくなっていたのだ。

始まりから終わりまで、全て頭の中で創り上げた空想なのではないかと。

 

しかし、それは本当に起こったことだった

 

招待状に書かれた住所に向かうとき、私は一抹の不安を抱いていた。

 

なぜなら、待ち合わせ場所は「ジュエリー・サロン」と聞いていたので、

鉄の扉で守られた地下金庫、もしくは、国立美術館の一角を想定していたのだが、

地図が示す場所は、実に都会的なオフィスビルの19階だったからだ。

 

しかし、マオカラーのスーツを身に纏った蒐集家が現れ、

扉に向かって「開けゴマ」と唱えると、全くの別世界が待っていた。

アラジンが、洞窟の中に金銀財宝の山を見つけたときのように。

 

扉の向こうには、ロマネスクの修道院のような部屋があり、

古代ローマ人にとって希望の象徴である「馬」のモザイク壁画が飾られていた。

 

通路の左右には、見るからに高貴な宝石や装飾品が飾られ、

足を踏み入れた私は、21世紀の倭人から11世紀の修道僧となった。

 

司祭となった蒐集家は、私にやさしく微笑み、

「今から、世界最高峰のジュエリーの世界にご案内します。」と言った。

 

しかし、最初に通されたのは「和の茶室」だった。

 

「有庵」と名付けられた茶室も、修道院と同じように一級品の宝庫であった。

 

床柱や炉縁には、樹齢2万年の神代杉や、伊勢の御神木が用いられ、

千家十職の塗師、中村宗哲氏が手掛けられた床框があり、

茶器には、斗々屋、黄伊羅保の上質なものが用意された。

 

どれも判を押したように、一級品ばかりだった。

一級品でなければ、一流品。一流品でなければ、一級品という具合に。

 

かつては仏僧であったという司祭は、ジュエリー・コレクションを披露する前に、

この伝統的な茶室で、ゲストの心を整える「儀礼」を行うのだ。

 

司祭は、茶道裏千家家元の千玄室大宗匠から、この場で直々に継承したという

「薫り高い抹茶を飲む作法」を私たちに指南しながら、

茶室唯一の装飾品である仏陀と菩薩が描かれた掛け軸をご紹介された。

 

14世紀に描かれた仏陀は、質素な身なりである一方で

菩薩は、ティアラ、ネックレス、ブレスレッドなど、美しいジュエリーを身に纏い、

究極の美(極楽)へ、仏陀をいざ導かんとしていた。

 

司祭は目を閉じて、こう続けた。

 

それが、ジュエリーの神髄なのです。

ジュエリーは単に飾りや流行りではないのです。

それは、我々の生存をかけたものなのです。

 

儀礼を終えた私たちは、次に書斎に通された。

 

そこには、古今東西、世界中から集めた6000冊以上の装飾芸術に関する書の中で、

特に重要なコレクションの一部が収められていた。

 

グレゴリオ聖歌がかかる神秘的なライブラリーで、司祭の講義が始まり、

古代メソポタミア文明の璽(印鑑)から、

ルネサンス、バロック、近代アールデコまで、数十点もの国宝が次々に運ばれてきた。

 

「巨匠」と呼ばれた歴史上の芸術家たちが、地球上で最も純粋な宝石を使い、

命を捧げて創り上げたジュエリーは、呼吸を忘れるほど美しかった。

 

ティアラに使われた天然のダイヤモンドは、全ての方向で完全な対称性を持ち、

地球上のあらゆる物質の中で、最も硬く、最も透明で、最もピュアであった。

 

「玉」を囲んで、「国」を創るように、

私たちの前に運ばれたジュエリーは、紛れもなく人類を支えてきた宝であり、

熱を入れないビルマ産のルビー、バッカスのカメオ、キリストの十字架の木片など、

地球の神秘と人類の叡智を前に、心の震えが止まらなかった。

 

資源を燃やし、発散させることで、エネルギーを生み出す科学信仰の現代で、

収束の究極系である、ジュエリーの「純粋性」と「」に触れ、

自分が燃やすべき命の対象(使命)を、はっきりと感じることができた。

 

世界最高のジュエリー蒐集家。

そして、この機会を紡いでくださったふたりの紳士に最大の感謝と敬意を。

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コメント

  1. shingo より:

    呼吸を忘れるほど美しいと思えるものが目の前にあったとき、果たして自分はどんな感情に浸っているのだろうと想像するだけで、目が宝石のように輝いてしまいます。また、菩薩が仏陀を極楽へ導く姿が神秘的過ぎて、その様がまさに一級品だと感じました。装飾品の表面上の輝きにとらわれることなく、その奥にある物語、在り方を感じることで自分という宝石がより一層輝けるのだと感じることもできました。改めて素敵な内容をありがとうございました。

  2. Miho Terai より:

    あれ?私ブログ読んでるはずなのに…いつの間にか小説を読んでいる…

    途中なんども混乱しましたが、「ブログ」という媒体を通じて読む「小説」である。
    という結論で、私の心のざわざわは収まりました。
     
    世界の”広さ”ですら、気が遠くなるような感覚があるなか
    このストーリーから伝わってくる、世界の”奥深さ”は
    まだ私にはおとぎ話を聞いているような感覚です。
     
    ただ、ため息と言いますか…気の利いた言葉が、思い浮かびません。

  3. saki より:

    カフカさん
    カフカさんの記事はいつも、その描写を頭の中に思い描くことがとても楽しく、美しい世界観に引き込まれ、毎度長い首をさらに長くして前のめりにPCと向かいあい読んでいます。
    いつも素敵な記事をありがとうございます。
    ジュエリーを目にする前の茶室での儀礼、新しい世界に触れるときに今までに持ち得てこなかった心や在り方を整えられ、そうして研ぎ澄まされた心があったからこそよりジュエリーの美を感じられ、心が振るわされた…茶室での出来事により、心が灯されたことを感じられました。
    それは人が変化を求めるときにも同じことで、心にまず灯がともされ自らに問いを続け、古いもの、自分の弱さと向き合い燃やし、そうしてジュエリーのように新しく磨きあげることが必要だと感じます。
    灯すことができなければ、燃やしたくても燃やすことはできない、それをわかっていてもなかなかできないということは心の灯のつけ方は自分自身にしかないからだとも思いました。誰かから向けられた何気ない一言、ふと学んだこと、読んでいた本の一節、何が灯されるきっかけになるかは秤知れませんが、感じ方はそのときのその状況やタイミングにもより無限の可能性を秘めています。なのでこれからもたくさんのことを学んでいき自らの灯を絶やさないようにしていきます。そして、少しでも多くの人がその人自身の自分の心を灯すきっかけになりたいです。
    なかなか記事の神髄を解釈しきれませんので、これからも楽しく拝見します。
    ありがとうございました。
    
    

  4. Ame より:

    カフカさん
     
    いつもありがとうございます。
     
    一級品といわれるお道具は無味乾燥とした美術館でガラス越しに拝見することがほとんどですが、ごくまれにご縁を頂き間近で拝見する栄誉にあずかった際本来あるべきお茶室にあるその姿はごく自然に他のお道具と調和を成していました。
     
    永い永い年月を数多の人びとが関わってきたであろう茶器と自分の人生が刹那交わった時、時代を超えた縁に目頭が熱くなりました。
     
    まさしく一期一会の出会いでした。
     
    そんな奇跡のようなビジネスパートナーとの出会いを目指してコツコツと日々積み上げて参ります。

  5. Yusei.N より:

    カフカさん、素敵な記事をありがとうございます。
    宝石に関してはほとんど無知ですが、
    そこから読み取れる時代背景や考察に驚きを隠せません。
    実際に自分の目で見て体感してみたいと感じました。

  6. 石黒 知行 より:

    本質を見極める「審美眼」が、「本物」と対峙すること以外からは
    得られないとしたならば、なんと残酷なことでしょう!
    と絶望感に苛まれる程の、極上なエピソードを頂きました

    これからの人生、せめて「開けゴマ」を唱える扉だけでも
    見極められる眼を持ちたいと、決意を新たにいたしました
    2021年も我々の道標として、北の空のジュエリーの如く
    輝き続けてください

  7. hiromi より:

    記事を拝読させて頂きました。
    いつも非日常を味わわせて下さり
    ありがとうございます。

    文章をよんでいるとリアルに修道院や茶室が想像出来、あたかも自分もその場に行ったような錯覚に陥りました。
    カフカさんが呼吸をするのを忘れたくらい感動した何世紀も前のジュエリーを実際に見てみたいととても思いました。
    また、本物の価値がわかる人間で在りたいと思いました。

  8. alissa より:

    カフカさん、こんにちは。
    記事を拝読させていただきました。

    私は幼い頃から、誰もが憧れを抱くジュエリーに女性として夢を持っています。
    少しでも手に入れる機会が訪れると、より良いものを、と先送りにして
    いまだ満足できるジュエリーに出会っていません。

    カフカさんが呼吸を忘れるほどにピュアで美しいジュエリー、
    いつか自身の目で見てみたいです。
    命を捧げて創り上げられたものとは想像もつきません。

    いつも非日常の世界へ連れて行ってくださりありがとうございます。

  9. aki より:

    カフカさん
    いつも素敵な記事をありがとうございます。

    『人類の生存をかけた宝石』タイトルに引き寄せられる様に見いってしまいました。
    しかし、書かれてある内容がとても奥深く、何度読み返しても私の解釈では、カフカさんが伝えてくださっている真髄に達することができなかったというところが本音です。

    しかしながらとても分かりやすく情景やその時の気持ちを書いてくださっているので、本当に訪れたかの様に修道院や茶室、書斎、そこで感じられる薫りや音、話し声を想像してしまいました。
    触れたことも感じたこともない一級品に私の想像は、浅いかもですが、まさに夢の様な一時を過ごさせて頂きました。

    その中でも印象に残った一節が、『仏陀は、質素な身なりである一方で、

    菩薩は、ティアラ、ネックレス、ブレスレッドなど、美しいジュエリーを身に纏い、

    究極の美(極楽)へ、仏陀を導こうとしていた。』です。

    この解釈が合っていかは分かりませが、ジュエリーはただ身につける道具ではなく、その存在その物で私達を美徳へ導いてくれているのだと感じました。
    菩薩様が、我々を極楽の世界へ導いてくださる様に

    今までジュエリーは、高貴な方が身につける物、お洒落をする時に身につける物と思っていましたが、この考えがそもそもの誤りだと気付きました。

    仏に近づくために我々が、仏陀の教えを学ばさせてもらい、またその境地にたどり着く為に修行を繰り返す様に、
    ジュエリーを身につけるに値する人間になる努力が必要であると考えさせられました。

    まだまだカフカさんのおっしゃる『人類の生存をかけた宝石』に至る考えまでたどり着けず、何度も読み返させてもらい真髄に触れれる様、解釈を重ねていきたいと思います。

    とても貴重なお話をありがとうございます。

  10. WAKANA より:

    カフカさん、記事を拝読させて頂きました。

    外は音もなくしんしんと降り積もる雪の世界なのですが、あっという間に茶室へと、そして宝石の世界へと誘われたような気持ちです。

    年を重ねるごとに「本物の美しさは自然の中にこそある」という気持ちが強くなってきました。
    天然鉱物、生物に起源するもの、様々あると思いますが、どれを取っても自然由来の宝石に心を奪われてしまうのは自然が作り出す美、その奥深い歴史に魅了されるからでしょうか。
    私自身祖母から譲り受けた宝石くらいしか現物は見たことがないのでその魅惑の世界にはとても興味があります。

    絵画や宝石など時間を超えて人々を惹きつけ続けるものには積極的に触れていこうと思いました。
    そしていつか世界最高のジュエリー蒐集家の方にお目に掛かれる日が来ればいいなとひっそり思うのでした。

    ブレイクタイムにぴったりな記事を拝読できてとても良い時間になりました。
    ありがとうございました。

  11. Kanan より:

    カフカさん、最高です。
        
    事業動画とこの記事だけで、Destinyを共有できるビジネスパートナーと出会いたい。
       
    公開コンテンツにして頂けないでしょうか。

    1. カフカ より:

      カナンさん、いつも有難うございます。
      ご意見参考にさせていただき、ブログ記事は全て公開設定にしましたので、ぜひご活用いただけますと幸いです。

      1. Kanan より:

        カフカさん、
        ありがとうございます。

      2. Kanan より:

        蒐集家有川氏も、2人の紳士もカフカさんも、私もあなたも、また、歴史を牽引しその軌跡がレリーフに刻まれてきた世界中の賢者達藝術家達も、皆同じこの人間界の住人である以上、宇宙の偉大な神秘の前で、畏れと恐れに圧倒されて小刻みに震えて怯えているか弱い魂の仲間達。
                      
        鉱物界は、そんな私達がこの世界で生きていくための揺るぎない強さをくれます。そのことを知っている、あるいはどこかで知覚している魂は、石に惹かれてやまない。
             
        その魂達は美と純粋性がなければ死んでしまうのです。生きてはいけない。そこにはまさに生命と生存がかかっていますね。

    2. Kanan より:

      現代の、金融資本主義・情報社会、環境汚染・食料汚染の、大海原の荒波を懸命にサバイバルしながら、心身に異常をきたし命を失うか、そうでなければ、大半が、生きる屍として、その尊い生命の時間をあまりにも無自覚にただ消費している現実の中、
           
      私達のこの each Brand のような場は、「物心両面の実質的な救命ブイ」としての役割を果たすことの出来る大きな可能性を感じます。
           
      そして、最新モーター付きのクルーザーに乗り込み、誰もが一人一人、自分の人生の操縦士として、航海の醍醐味を謳歌していける環境が、ここでは常に創造されていき、かつ、協働もしていける。
          
      過酷であると同時に、未だかつてなかったほどに個人が自由に才能を社会に役立てることが出来る、最高の時代が到来していますね。ただ、その全ては自分のチョイス次第。
           
      日進月歩で進化し、時空を超える無限の可能性を秘めた、素晴らしきネットビジネスの世界においても、ここはそのポテンシャルにおいて唯一無二の存在であり、ただのコミュニティとしてのサロンや消費型のサブスクとは、その意義も価値も可能性も全く次元が違います。
           
      まだ誰も経験したことのない魅惑の世界への可能性。
      超一流のジュエリーのごとく。
           
      賽は投げられた。          
      この記事はひとつのランドマークですね。
      極上のお抹茶の一服を頂きたくなりました。

  12. mitsuko より:

    カフカさん、いつも貴重な情報ありがとうございます。何世紀も前のジュエリーを実際に観れるのは凄いですね。私も1度でいいから、何百年前に造られたジュエリーを観てみたいです。

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